点灯と明滅

交歓日記|Twitter @taka_1_4

旅をする窓越しの眼(こうせき)

 目薬と目があっている。この、ロート・アルガードは、てつろうくんと東北旅行をしているときに、アパホテルの近くのどらっぐぱぱすで買った。最近、てつろうくんとはビデオ通話をしながら、YouTubeで「世界の車窓から」の動画を、せーので再生ボタンを押して見ている。GWのあいだにイタリア、フランス、タイ、スイス、ペルーを目で旅した。ウインドウの中の景色を眺めながら、あれがマッターホルンかあ、とかおしゃべりする。並んで窓の外を眺めているような気分になれる。時折、名所より、相手の表情やようすを見たくなってしまうところが、なまなましい。

 昨日の昼、弟とアニメの『かくしごと』の第一話を、話題になっていた「君は天然色」のエンディングをチェックするために観ていた。歌の、〈別れの気配を ポケットに匿していたから〉というところで、主人公が歩く真夏の昼の街の一角に、「かくしごと」とネオンが灯るタイトルバック。在りし日は、まぶしくすがすがしく、あざやかでにぎやかであるほど切ない。胸を打つのはいつだって行き過ぎた時間の細部。

 朝吹真理子のエッセイの〈私は茶碗からのぼる湯気をみて、むしょうに寺田寅彦が読みたくなった。滞在先には持ってきていなかったから、青空文庫で読んだ。〉というところを読んで、なぜかとっさに、「弘法筆を選ばず」と思った。いまは、吉田健一の『甘酸っぱい味』をU-NEXTで読んでいる。

「好きな○○を聞かれたとき、かっこつけようとしてしまう自意識が答えをゆがめている気がするから、たとえば映画なら、何度も観てる=好きってことにしといた方が正確なところを答えられるのかな」と弟に話したら、「そんなん、日本国民だいたいみんな好きな映画トトロになるじゃん」と一蹴された。というわけで、トトロ的な、自ら見ようとしなくても何度も観ることになるような作品はのぞいて、二回以上観たことがある映画を箇条書きしてみる。(トトロ好きだけど)

エターナル・サンシャイン
ハウルの動く城
風立ちぬジブリ
・ホステル
・ずっとあなたを愛してる
ボヘミアン・ラプソディ
15時17分、パリ行き
・エレファントソング
スイミング・プール
・小さな世界はワンダーランド

 すくない。書き出してみたあとで、一度しか観ていなくても強く印象に残っている作品はあるよなと思った。

 メラニー・ローランの『呼吸‐友情と破壊』は、立誠シネマという、京都の元・立誠小学校内にあるミニシアターで観た。旅先の、廃校の一室で映画を観ているという特別なロケーションが《今・この時間》への意識を高めて、映画までの時間つぶしに入った喫茶ソワレの青い照明、ゼリーポンチ、前説の女の子の黒いワンピース、隣の人とひざがつきそうなくらい狭い座席、夜の高瀬川のにおい、河原町の街景色の風情など、雑多な感覚とまじりあい、鑑賞体験をひとつの凝結した記憶に昇華させている。しかし、ではどんな映画だったのかというと、シーンの順序や物語はほとんど忘れてしまっていて、ただ、主人公の少女が抱く高揚感や嫉妬、不安感や孤独感、関係が破綻し、行き場を失った情に駆られて、取り返しのつかないことをしでかしてしまった絶望、パニックと、潮が引いていくように世界が静かに、クリアになっていく皮膚感覚だけ、本当に起きたことのように憶えている。

 出不精だから、足を運んでものを観る醍醐味を味わうことはすくない。いつも窓越しの景色ばかり見ている。ほんとうは、目だけでは遠くへ行くにはぜんぜん足りないのに。