点灯と明滅

交歓日記|Twitter @taka_1_4

ソムニウム(もっちー)

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毎日通る橋の上から遊園地の乗り物が見える。とても大きくて振子状に揺れる海賊船の遊具。今年の夏に廃園になったその遊園地の一部を毎日見て、まだある、まだあるなと確認していた。一昨日、海賊船の隣に馬鹿でかいクレーンが見えていた。とうとうという気持ちで明日の朝は写真に撮っておこう、と考える。帰り道にはもう跡形も無くなっていた海賊船。クレーンだけ残ってる。

歩道に立っている電信柱と建物の壁の間を夕方以降に通り抜けることは、絶妙にひとつずれた世界へ入ることになっているらしい。次にまた通り抜ければ戻ってこれるけど、時間が経ってしまうと帰れない。無意識に通り抜けて、ついついそのことを忘れてしまうと、気がついた時には手遅れでどこにも帰れなくなるかもしれない。そもそも自分がいる場所は本当に正しくて、日常で、正解なのか?何を基準に正しい毎日か?

物心ついた時からその人たちはいた。彼らはいつも自分にとって「いいこと」を教えてくれる。JRは人身事故で動いていないから早めに出たほうがいいよ。あの人は今機嫌が悪いから何も聞かない方がいいよ。この症状で受診するなら3丁目の内科がいいよ。いつか彼らが見えなくなることがとてもとても怖い。自分は一人で生きていかなきゃいけないということだから。

指輪を買ったらはめたその日のうちに抜けなくなった。少々のゆとりはあるのに、どうやっても抜けない。抜こうとすると突然ぴったりとし、皮膚にまとわるようにくっつく。気持ちが悪い。

ものすごく気になる人ができた。どうしても自分のものにしたい。どうしても。自分のものを身につけて欲しい。絶対に離れないような、そんな都合のいいもの。あるかな。色んなまじないを込めて、絶対に寄り添うものを。

「職場?公園。」隣の人はそう答えた。公園かあ。まあそんなこともあるんだろうな、と僕は特段気に留めなかった。「公園、いいですね。」「別にどうってこと無いよ。」瓶ビールを飲み干しながら隣の人は言う。午前3時28分。始発まで飲めないよなんて言葉がこの街で一番聞こえてきそうな時間帯だ。酒を提供するこの店の一番奥では、出会ったばかり同士の二人が酔い潰れて一緒くたに眠っている。みんな質のいいアルコールで意識を朦朧とさせて、文字通りの陶酔した空間だ。そんな場所の空気を吸いながら、酒を飲み干し、知らない人の知らない話を砕けた友人同士のように聞き入る。この時間、この場所で行われているのはそういったもので、僕はそれを何よりも愛していた。

眠るといつも安否確認をされるほど、寝息がとても小さいらしい。その日に出会った女性たちはいつも焦ったような、不安そうな目で僕の心音と呼吸音を確かめていたとのこと。そりゃあ行きずりの男と一晩過ごしたら相手は心肺停止してました、だなんて嫌だろうな。僕も腹上死したとは思われたくない。ある日、一人で眠ると自然と呼吸が極浅くなっていたことに気づいた。息ができないと言うより、自分の意思で吸っている酸素量を減らしている。身体の上を温かいものが滑ったような気がした。揺れているような感覚がとても心地よい。ザザザザという音が遠くで鳴った。揺れている?違う、流されていた。気がつくと南の島のような気候の中で、僕の身体の上を波が行ったり来たりしていた。水面に浮遊している顔の上を、温かくて柔らかい水が何度も滑るので、息ができなかったのかもしれない。見えている夜空は自分の知っているものより少しだけ明度が高く、星は少ししか見えなかった。